« 牛は馬と同じく | メイン | 突技 »

ペレストロイカと東欧民主化

1980年代に入ると、ソ連国内では、硬直化した自国の社会主義体制を根本的に改革する必要性が共産党指導部の間でも共有されはじめた。1982年に共産党書記長へ就任したKGB出身のユーリ・アンドロポフは国内綱紀の引き締めを図り、1985年に同職に就いたミハイル・ゴルバチョフはペレストロイカを唱えて経済再建に着手した。

これはポーランドやハンガリーで先行していた経済改革がモデルとなった。改革が進行すると長年の統制で疲弊した国民の間で自由化を求める声が一気に増加し、1989年には東欧革命と呼ばれる一連の民主化が東ヨーロッパ諸国で発生し、従来のソ連型社会主義体制は放棄された。

この動きを容認したゴルバチョフはソ連に複数政党制を導入して共産党と連邦政府の権力を分離し、社会主義イデオロギー色を抜いた上で、民族共和国の共同体としてソビエト連邦を再生する事を考えた。1990年にソ連憲法が改正され、共産党の一党支配が否定された事で、ソ連型社会主義は幕を下ろした。

大樹が園芸に挑戦
天国と地獄
二日酔
美優の一日同行
睦美の日記
優花のお嫁さん
陽生の完全無欠
玲音の独り暮らし
21世紀へ羽ばたけ
アドベンチャー
イエローパワー
エリートバナナ
オバケのQ太郎
かちかち山
キングロボ
こぼれ陽
シミュレーション
スポーツ総合情報
チワワの生活日記
にんじんちゃんのブログ
ゴルバチョフはソ連大統領と共産党書記長を兼任したが、共産党は急速に求心力を失い、1991年のソ連8月クーデター後にゴルバチョフが解党を宣言した。また、連邦自体も構成共和国の自立が進み、1991年12月には改革派として共産党から離党した経験を持つロシア大統領のボリス・エリツィンらによってその解体が宣言された。日本共産党の宮本顕治は、その際に「歴史的巨悪の党の終焉をもろ手を上げて歓迎する」という発言を行っている。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.ptdzg.com/blog/mt-tb.cgi/1436

About

2009年09月20日 13:37に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「牛は馬と同じく」です。

次の投稿は「 突技」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35